はたまん文庫

トーチカの浜へ

砂の浜辺を
観光客の一団が
歩いていました

彼らをひきつれて
先頭を行くのは
キツネのガイドでした

客のひとりが
列からはみ出て言いました

「こんなに広いところで
わざわざ一列に並ばなくても
いいじゃないか」

「ダメですよ
なにかあったら
自己責任ですよ」

客のだれかが
そう注意すると
列からはみ出ていた客は
列にもどりました

やがて
砂浜にころがる
四角いコンクリートの
そばまで来ると
だれかが言いました

「これがトーチカですか?」

キツネはだまって
うなずきました

「そもそも
トーチカというのは
なんなのですか?」

その質問にキツネは
だまったままでしたが
不平を口にする者は
いませんでした

観光客の目的は
トーチカについて
学んだり考えることではなく
この旅を終えたあと
トーチカを観に行ったことを
だれかに自慢することでした

「いずれにしろ
わざわざ手間ひまかけて
つくったものを
野ざらしにしたまま
ボロボロになっていくのを
放置しておくのは
納得できないな」

客のひとりがそう言うと
それまでだまっていた
キツネが口を開きました

「あなたがたは
よく自然を大切にしろって
言ってるでしょ?
ボロボロになって
いずれ消えることは
自然ではないのですか?」

キツネは
そう言うと
砂の上に丸くなって
それっきり
動かなくなりました

観光客は
砂に残した足あとが
波の中にとけるように
消えていくのを
見ていました

(2015年7月6日)