はたまん文庫

大きなゾウの目のまえで

子どもたちは
今にも
ウンコがもれそうな顔で
目のまえのサキオを
見つめていました

子どもたちは
1年も前から
楽しみにしていた
この図書館の催しものが
いよいよ始まるので
感情が爆発しそうに
なっていたのです

サキオは
この日のために
1年365日のうち
のべ4日を使って
作った絵本を
うやうやしく開くと
語り始めました

タロウは
弱い者をいじめたり
だれも見ていないところで
こそこそと
行動するのが
大キライでした

「いじめるなら
みんなが見てるまえで
自分より強い相手に
清々堂々とやる!」

そんなわけで
タロウがいじめる相手は
もっぱら学校の先生でした

先生たちは
学校で事件が起きると
すべてタロウを
犯人にしました

中には
自分の不始末を
タロウのせいにする
先生もいました

ある先生は
禁止されている
校内での飲酒をして
酔っぱらい
トイレとまちがって
校長室のまえで
ウンコをしたのに
タロウがそこで
ウンコしているのを
見たと嘘をつき
タロウを犯人に
仕立て上げました

職員室では
先生たちが一致団結して
タロウを批判する話で
いつも盛り上がり
みんな顔色がよく
健康診断で
悪いところが発見される者は
いませんでした

そんなある日
タロウの学校は
どうぶつ園へ
遠足に行きました

子どもたちは
どうぶつ園に監禁されている
どうぶつたちを見て
涙を流しながら言いました

「どうぶつに生まれなくて
よかったー!」

「神さま!
こんど生まれてくるときも
人間にしてくださーい!」

この日
こどもたちが
いちばん楽しみにしていたのは
さいきん完成して公開された
ゾウのコーナーでした

どうぶつ園の人が
得意顔で言いました

「刺激がなくて
死にたくなるほど
たいくつな
どうぶつ園では
どうぶつたちが
運動不足になりがちです
でも
どうぶつたちの生態を
よく知っている
われわれが考えた
この展示では
大きなからだをした
ゾウの運動不足さえ
らくらくと解消できるように
なったのです!」

「さあ
それでは
みんなで
このぬいぐるみの子ゾウを
たたいたり
けったりしてください!」

どうぶつ園の人が
そう言うと
子どもたちは
目のまえにある
ぬいぐるみの子ゾウを
たたいたり
けったりし始めました

すると
ガラスのむこうで
見ていた大きなゾウたちが
ほんものの小ゾウが
危害をくえられていると思い
怒り
そして
小ゾウを助けようとして
暴れだしました

大きなゾウたちは
ガラスにむかって
体当たりしますが
じょうぶなガラスは
こわれません

子どもたちは
ガラスにむかって
突進してくるゾウの迫力に
歓声をあげました

子どもたちは
もっと
ガラスのむこうにいるゾウを
興奮させようと考え
ぬいぐるみの子ゾウを
今まで以上に
強くたたいたり
けったりしました

しかし
そんなに
はげしく
たたかれたり
けられたりすることを
想定していなかった
子ゾウのぬいぐるみから
頭がとれて
床に落ちてしまいました

その一部始終を
ガラスのむこうから
見ていたゾウは
目をまっ赤にして
今までよりもはげしく
ガラスにぶつかりました

ゾウはガラスの前に倒れ
そのまま動かなくなりました

そのとき
誰かがさけびました

「ガラスにひびが
入ったぞー!」

ゾウが
自分のいのちを
犠牲にしてまで
はげしくガラスに
ぶつかってくることを
想定してなかったのです

動かなくなったゾウのほかに
ガラスのむこうには
大きなゾウが
まだ数匹いました

彼らが
つぎつぎにガラスに
体当たりすると
やがてガラスは
こなごなに割れましたが
そのときは
すでに
ひとりの子どもをのぞいて
子どもたちは
その場から逃げていました

逃げなかったのは
タロウでした

タロウは
同級生たちに
きこえるように
さけびました

「ひきょうものー!
なぜ逃げるんだー!
相手から攻撃されないと
わかっている時には
やりたいほうだい
やってたくせに
相手が怒って
攻めてきたら
逃げるのかー!」

先生は
タロウなんか
ゾウに踏まれて
死んでしまえばいいのに
と思いながら
あとから自分が教師として
適切な対応をしたか
責められないように
タロウへ近づきながら
みんなに
はっきりと
きこえるように
ゆっくりと
大きな声で
言いました

「ターー!
ローー!
ウーー!
逃ーー!
げー・・・・」

先生がさいごまで
言い終わる前に
1匹のゾウが長い鼻で
タロウをはじきとばし
タロウは5メートルと34センチメートル
とばされましたが
運動神経がいいタロウは
空中で1回転して着地すると
またさけびました

「おまえらの
やっていたことは
誰が言ったか
わからないことをいいことに
下品なやじをとばす議員と
同じじゃないかーっ!」

どうぶつ園の人は
今こそ
どうぶつのことを
知りつくしている
自分たちの腕の見せどころと考え
この騒動の一部始終を
いかにして解決したのか
テレビカメラのまえで語る
自分のすがたを想像しながら
ゾウに歩み寄ると
ゾウに話しかけました

「ゾウさん
ゾウさん
いつもおまえたちに
食べものをやったり
ウンコの始末を
してあげてる私のことを
忘れたのかーい?」

ゾウは
長い鼻を
ひと振りして
どうぶつ園の人を
7メートルと87センチメートル
はじきとばしました

ゾウは
自分の食べものや
自分のウンコより
小ゾウのことを
大切に思っていたのです

どうぶつ園の人は
学校の先生にぶつかり
ふたりとも
動かなくなりました

ゾウが
念のために
ふたりを
足で踏むと
ふたりは
ウンコをもらしました

ぬいぐるみの小ゾウの前で
大きなゾウたちが
なみだを流し
そのようすを
子どもたちが
見物していたころ
タロウは
どうぶつ園から
抜け出していました

空は青く
タロウは
これから日が暮れるまでの
時間のすごしかたについて
考えているうちに
むしょうに
たのしい気分になって
あてのないまま
歩き始めました

でも
しばらくすると
タロウは
あることに
気づきました

「しまった!
動物園で
ウンコしてくるの
忘れたー!」

サキオは
絵本を閉じると
子どもたちの顔を
見ながら言いました

「これで
このはなしは
おしまいですが
よい子のみんなは
くれぐれも
ウンコをするのを
忘れないよーに!」

「はーい!」

「はーい!」

「はーい!」

「はーい!」

サキオは
帰りに
図書館のトイレに
寄るべきか
判断するため
子どもたちに
さとられないよう
表情をかえず
おなかに少しだけ
ちからを入れてみました

(2014年12月25日)