はたまん文庫

どうぶつえんへ行こう

クリスマスまで
あと少しという日
サキオは
自分でつくった絵本を
子どもたちへ
読み聞かせるために
町の図書室にいました

サキオの前には
10人のこどもがいます

鼻の穴に指をつっこんで
熱心にぐりぐりしている子ども

となりにいる子どもの
ほっぺたを念入りに
なめている子ども

クリスマスプレゼントとして
前倒しで買ってもらった
多機能電話を
無心にしゃぶっている子ども

サキオは
子どもたちの顔を
はじからはじへ
ゆっくりながめ
それから
絵本の表紙を
子どもたちのほうにむけると
大きな声でいいました

「どうぶつえんへ行こう」

ある町に
小さな小学校がありました
その小学校にかよっているのは
10人の生徒と先生が1人でした

先生には悩みがありました
それは10人の生徒の中に
勉強の成績がとても悪い子どもが
ひとりだけいたことです

「こんな生徒がいると
学校と先生が
世の中にある理由が
なくなってしまうじゃないか」

先生を悩ませる
その生徒は
ひまさえあれば
股のあいだをいじっていて
みんなから
チンボーとよばれていました

ある日
いつものようにチンボーが
股のあいだをいじりはじめると
それを見ていた同級生が
いつものように
歯ぐきを見せて笑いました

そのとき
先生のあたまの中に
ある考えが
浮かびました

「そうだ!
どうして今まで
思いつかなかったのだろう!」

つぎの日
チンボーは学校に
来ませんでした

そのつぎの日も
チンボーは
学校を休みました

チンボーが
学校に来なくなって
一週間がたちました

「せんせーい
どうしてチンボーは
ずっと学校を
お休みしているんですかあ?」

生徒のひとりがききました
すると先生がこたえました

「じつは今まで秘密にしていたが
もうチンボーは学校に来ないんだよ」

「えーっ!」
「えーっ!」
「えーっ!」
「えーっ!」
「えーっ!」
「えーっ!」
「えーっ!」
「えーっ!」
「えーっ!」

大きく口を開け
目を丸くしている
9人の子どもたちにむかって
先生がいいました

「なぜチンボーが学校に
来なくなったか
その理由は
明日になったら
わかりまーす!」

つぎの日
子どもたちが
わくわくしながら学校に来ると
学校のまえに1台のバスが
とまっていました

「ひょっとして!
ひょっとして!」

子どもたちさわいでいると
そこへやってきた先生が
いいました

「ひょっとしてなのだーっ!」

仲のいい友だちと
バスに乗って
どこかに行けるというだけで
子どもたちの心はおどりました

子どもたちと
先生を乗せたバスが
着いたのは
どうぶつえんでした

「本日初公開!
ゆかいなどうぶつ!」

どうぶつえんの入口にある
大きなかんばんを目にした
子どもたちはいいました

「ひょっとして!
ひょっとして!」

チンボーは
どうぶつえんの中に
いました

「チンボーだ!
チンボーだ!」

9人の子どもたちに
気がついたチンボーは
にっこり笑い
手をふりながら
なにかいいましたが
9人の子どもたちには
チンボーが
口をぱくぱくしているのが
見えるだけで
なにもきこえてきません

9人の子どもたちと
チンボーのあいだには
チンボーが脱走しないように
じょうぶでぶあついガラスがあり
音が伝わらなかったのです

「チンボーー!
チンボーー!」

子どもたちは
大きな声でいいましたが
こちらの声も
チンボーにはきこえないことに気づき
だれも口を開かなくなってしまいました
チンボーも口を閉じて
ガラスのむこうで立ったまま
動かなくなってしまいました

しかし
しばらくすると
9にんの子どもたちは
歯ぐきを見せ
笑いはじめました

チンボーが
いつも学校でやっていたように
股のあいだを
いじりはじめたからです

そして
そのようすを見ていた先生は
こぶしをにぎり
力強くいいました

「夢はかなう!」

こうして
勉強のできなかったチンボーは
老人になって動かなくなるまで
たくさんの人たちから
じっくりと行動を観察され
感謝されながら
しあわせに暮らしました

サキオは
絵本を閉じると
子どもたちの顔を見て
いいました

「君たちも
大きくなったら
学校の勉強ができなくて
先生にじゃまものあつかい
されるかもしれないけど
そんな君たちを
どうぶつえんは
待っているから
心配は入らないよ」

サキオが図書室を出ると
子どもの母親たちが
冬休みの予定ついて
夢中になって
しゃべっていました

「冬休みになったら
子どもたちを
どうぶつえんに
つれて行くの」

「あら
うちも
どうぶつえんに
行くのよ!」

「どうぶえんって
いやされるのよねー!」

「そうそう
いやされるのよねー!」

サキオは
きゅうに吐き気がしてきて
あわてて建物の外へ出ると
冷たい空気を
ゆっくりと
胸の中に入れました

(2013年12月24日)