はたまん文庫

シカが見ていた

ある冬
「スキー人口が減っている」
と耳にしたヨイチは
ひさしぶりに
スキー場へ
足をはこんでみました

スキーブームの時代を
知っているヨイチは思いました
「ゲレンデにいる人の数は
たしかに少なくなったが
スキー技術のレベルは全体的に
高くなっている気がする」
昼に休憩所へ行った
ヨイチはおどろきました
ゲレンデで風を切って
すべっていた人たちの大半が
ヨイチの祖父母ぐらいの
高齢者だとわかったからです

ヨイチは思いました
「今の時代なら
ヒーローになれると
思ったけど
見当ちがいだったな」

スキー場からの帰り道
ヨイチは
十数年ぶりに
スキー雑誌を買ってみました
中にはスキー場ではなく
自然な山の中で
深い雪にまみれて
スキーをしているのか
転げ落ちているのか
わからないような写真が
「バックカントリースキー」
という言葉とともに
のっていました

「他人がいない所で
すべれば
自分がヒーローになれる!」
ヨイチは
人里はなれた山へ入り
雪の斜面を歩いてのぼりました

山の中では
シカやウサギが
姿を見せましたが
ヨイチを
あこがれの
まなざしで
見つめる人間は
一人もいませんでした

その後
ヨイチが
スキーをしている姿を
見た者はいませんでした

(2010年12月6日)