はたまん文庫

それは空から飛んで来る

そのころ
モグリは
海岸に
転がっている流木を
ねぐらにしていました

ある日の
夕暮れ時
その海岸に
一人の
男が現れました
モグリは
男のそばに寄って
においをかいでみました

「あんた
このへんで
かいだことのない
においがするね」
とつぜん
あしもとから
声をかけられた男は
少しおどろきながら
あしもとにいる
モグリを見ると
言いました
「南のほうから来たんだ」

日が落ち
あたりが真っ暗になっても
男はそこから去ろうとせず
流木の上に腰をかけたり
ときどき砂浜の上を
歩きまわって
すごしていました

どれくらい
時間が過ぎたでしょう
男が一人ごとのように言いました
「空から丸い皿のようなものが
飛んで来るかもしれないのだ」
「どうして
そう思うのですか?」
「友人から借りた本に
そう書いてあったのだ」

その本には
昔この海岸で
おきたできごとについて
つぎのように書かれていたと
男は説明しました

──ある日
空から
皿のようなものが飛んできて
その中から
人間ではない生物が現れた
その生物は人間に
不思議な力を与えて
どこかへ消えてしまった──

モグリが言いました
「それが
また飛んで来るかもしれない
というわけですね」
男は返事をせず
暗い海のかなたを
見つめたままでした

つぎの日も
その男は
海岸に現れました
男はモグリの姿を見つけると
言いました
「今日ここに来る前に
むこうのほうで
砂浜に打ち上げられた
イルカの死体を見たんだ
からだのあちこちが
かじられていたよ」

「キミはイルカを
食べることがあるのかい?」
男の質問に
モグリが答えました
「おなかが減っている時
目の前にあったらね」

そのつぎの日も
夕暮れ時に
男は現れました

波の音に
耳をかたむけながら
夜おそくまで
空をながめるのが
男と
モグリの
日課になりました

ある日
いつものように
男とモグリが
海岸にいると
波の音にまじって
空気を切るような音が
空からきこえてきました
音のするほうを見ると
なにかが
こちらにむかって
飛んで来るのが見え
それは
男とモグリの
近くに落ちました

「ホタテじゃないか」
男がそう言いました
モグリは
近くに落ちていた石で
ホタテのからを
たたき割り
中身を食べ終わると
言いました
「そうさ
ウシやウマ
人の住む家が
飛ぶのも
見たことがあるよ」

それから
鼻をひくひくさせ
「今夜は
もっとたくさんのものが
飛んで来るかもしれないよ」
と言い
流木の中に
姿を消しました
そして
その夜おそくに
それが飛んで来た時
男は大きな声を上げました

「雪だ!
ほんもののを見るのは
はじめてだよ!」
男の声に
こたえたのか
流木の中から
モグリの声が
きこえてきました
でも
その声は小さく
男にはききとることが
できませんでした

(2010年6月10日)