はたまん文庫

白目のあした

そのとき
ハルオは
祖父が
眠っているのだと
思いました

なぜなら
白目を見せながら
昼寝している祖父を
それまでに
なんども
見ていたからです

祖父が亡くなって
しばらくした
ある日

ハルオは
友人を
こわがらせるつもりで
祖父が亡くなったときの
表情をまねてみました

それを見た友人は
こわがるどころか
おなかをかかえて
笑ったので
ハルオも
笑いました

「人を笑わすのは
ゆかいなきぶんだ」

ハルオは
ときどき白目になって
まわりの人たちを
笑わせながら
大人になって
いきました

ハルオが結婚した相手は
ハルオの白目を見て
むじゃきな笑顔を
見せてくれた人でした

ふたりのあいだには
女の子が
生まれました

ある夜
ハルオが
子供のまえで
白目になると
子供は
大きな声をあげて
泣き出しました

そばにいた
ハルオの妻は
「トラウマ」
という言葉を使って
ハルオを
ののしりました

ハルオは
暗い夜道を
歩きながら
妻の言葉を
思い出していました

「トラやウマが
どうしたと
いうのだ?」

ハルオは
いつもなら
しらじらしく見える
酒場の明かりが
今夜は
自分だけのために
灯されているような
気がしました

「・・・・・」

「・・・・・」

話のきっかけに
ハルオが
白目を見せると
カウンターの
むこうにいた
アルバイトの娘は
なにもいわずに
眉間にしわを
寄せました

「白目を見て
笑ってくれる人は
もう
どこにも
いないのかも
しれない」

街灯の明かりを
さけるように
ハルオは
暗いほうへ
歩いていきました

(2012年4月22日)